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最高裁判所第一小法廷 昭和34年(オ)267号 判決 1960年2月18日

大阪市西成区今池町四〇番地

上告人

佐竹千代子

右訴訟代理人弁護士

水田猛男

同市同区千本通

被上告人

西成税務署長安田秀雄

右当事者間の取引高税所得税更正決定取消請求事件について、大阪高等裁判所が昭和三三年一二月一〇日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士水田猛男の上告理由について。

論旨一は、原判決の結果によれば、上告人の昭和二三年度所得は一九七、九〇〇円(訴外佐竹実の給与所得を除く)であるのに対し同二四年度所得は七二〇、〇〇〇円となり、その不合理であることは明らかであるというのである。しかし、原判決が昭和二三年度の所得を一九七、九〇〇円としたのは、被上告人がした更正を根拠がなく違法とした結果、上告人の申告通りに帰したというに止まり、右の金額以上の所得がないことまで確定した趣旨ではない。二三年度と二四年度とで所得金額に大差がある結果になつたからといつて不合理とはいえない。

論旨はまた、他の商店の所得金額と比較して昭和二四年度所得金額の更正を違法と主張するのであるが、他の商店の所得金額は上告人の所得金額と関係がない。論旨はさらに、本件更正は係官の感情によつて行われた旨を主張するのであるが、かかる事実は原判決の認めない事実であるのみならず、更正がその金額において正当である以上かかる事実の存否は原判決の結果に関係がない。趣旨は理由がない。

論旨二は、原判決が昭和二五年二月九日の在庫品現在高と認定した金額中には、同年二月八日現在の在庫品と同年九月一六日の在庫品を包含している旨を主張するのであるが、原判決の認定するところによれば、乙第一四号証の一、二は同年五、六月頃作成されたというのであり、そしてこの認定は原判決挙示の証拠によれば必ずしも不当とはいえないのである。しからば同年九月一六日の差押物件が二月九日の在庫品中に加算されることはあり得ないことであつて、論旨は原判決の認定と違つた事実を主張するか右認定と違つた事実を前提とすることに帰し、到底これを採用することができない。

論旨三は、昭和二四年度所得金額を決定するについては昭和二四年一月一日現在の在庫品を明らかにすべき旨を主張するのであるが、上告人の帳簿が完備せず他に資料がない以上、昭和二五年二月の在庫品によつて二四年中の平均在庫高を推定することもやむを得ないことであり、原判示のような事情のもとにおいては右推認を違法ということはできない。論旨はまた、乙一四号証の一、二は上告人が成立を否認しているのにかかわらず原判決がこれを採用したのは違法であるというのであるが、右書証は公務員の作成したものであつて真正なものと推定すべきのみならず、原判決は、証人の証言によつてその成立の経過を詳細に認定しているのであるから、右書証の一部を採用して上告人の在庫品を認定したことを違法とすべき理由はない。論旨は理由がない。

論旨四は、原判決は立証責任の分配に関する法則を誤つた違法があるというのであるが、本件の場合、原判決は被上告人の主張立証に基いて上告人の所得金額に対する被上告人の更正を違法でないとしているのであるから、立証責任の分配に関する法則のいかんにかかわらず、原判決に所論のような違法はない。論旨は理由がない。

論旨五は、取引高税の更正に関しては被上告人の主張立証がないにかかわらず、原判決が上告人敗訴の判決を言い渡したのは違法であるというのである。しかし、被上告人の原審における主張立証が所得金額、取引高の両者に関するものであることは記録に徴して明らかである。論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九條に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)

昭和三四年(オ)第二六七号

上告人 佐竹千代子

被上告人 西成税務署長

上告代理人水田猛男の上告理由

一、事実

昭和二十三、四年度は、所得税法改正当初の事で全国の税務署は大蔵省の指示に基き

(イ) 昭和二十三年度は前年度の倍額

(ロ) 昭和二十四年度は前年度の五割増

程度に更正決定(別に調査を行わず)を為し夫々課税したことは顕著な事実であります。

然るに当時税務署は、上告人に対し手違いで違法差押をやつた。これに対し異議の訴訟を提起した処、右の差押は直ちに解除したが、これがため係官の感情を害し脱税を摘発して上告人をして再び立つことの出来ぬ打撃を与えんと企図し、十数人の係官が上告人の店に臨検し家宅捜索を行つたが脱税の事実は存在せなかつた。そこで本件のような常識では想像の出来ぬ巨額の所得を決定したのが本件の真相である。

上告人の所得決定額は

(1) 昭和二十一年度分 七五、二八〇円

(2) 昭和二十二年度分 一五〇、〇〇〇円

(3) 昭和二十三年度分 一九七、九〇〇円

(一審判決でこれを是認)

(4) 昭和二十四年度分 七二〇、〇〇〇円

(本件上告の分)

になつておる。これは何人が見ても普通の課税ということは出来ぬ。

此の二十四年度分の所得高七二〇、〇〇〇円の売上高を今の物価指数で換算すれば一億円に上る売上高といわねばならぬ。上告人が一審以来非常識極る課税であると力説しておる所以である。

租税は公平に課税せらるべきものであつて、感情私怨によつて左右せらるべきものでない。

上告人のような小規模な商品の小売業者はその店舗の位置、構造によつて大体の売上げは判る。

(イ) 上告人の店四軒目南に山月という雑貨店がある。立派な店で多数の使用人を雇い、大体原告店の二倍位の売上げがあると思われる店の昭和二十四年度分の税務署の所得決定額は二十万円である。(被上告人これを認めた)

(ロ) 同一税務署管内で化粧品、小間物店を営んでおつて小間物、化粧品組合の西成区の支部長をしておる種ケ島時隆の店は新式な立派な店で売上高は区内では多い方で上告人の店より多額の所得決定があつて然るべきものと思う。然るに同氏の証言によれば昭和二十四年度の決定額は二五〇、〇〇〇円で上告人の決定額の三分の一位である。課税の公平はどこにあるか。

昭和二十四年度分七二〇、〇〇〇円という決定は小間物、化粧品の小売店では大阪市内中の筆頭かも知れない。現に本件審査請求に対し調査に来た係官も上告人の分は三十万円前後が適当であると明言した事がある。

以上は昭和二十四年度分の所得決定は係官の感情によつて不公平の取扱を受けたものであることを抽象的に説明したのである。

二、原審判決は、

昭和二十四年度の所得金額の適否を判定する根基となつた乙第十四号証の一、二の成立については上告人の主張を全面的に採用せられたにかかわらず、

「西成税務署員はなるほど同年二月九日にも第一審原告店舗在庫品の一部の調査はしたが、同日同税務署の徴税係員が同在庫品を差押え保管上一部を持帰つたところから同日には全部の調査をせず、同年五、六月頃までに右持帰つた際商品に付けてあつた符牒によつて判明した売価に従い在庫品全部につき正確な評価をなしその完了後に前記乙第十四号証の一、二を日付を遡らせて作成したものであることを推認できる」

と認定しているが、

西成税務署が差押品を持ち帰つたのは、

(1) 甲第十五号証の一(二五年九月一五日)

(2) 甲第十五号証の二(二五年九月一六日)

の二回である。前認定に「同年五、六月頃までに右持帰つた」云々の認定は事実に反する。しかも前記(2)の分は昭和二十五年二月十日以後に仕入れた商品を同年九月十六日更に追加差押えを為し同時に引揚げたもので此の分を二月九日の在庫品に組み入れることは不当であつてこれは日附を遡つた点だけではない。換言すれば、原判決が在庫品の現在高を認定した「一、四三九、五五一円」中には

(イ) 二五年二月八日現在(甲第一五号証の一)

(ロ) 二五年九月一六日現在(甲第一五号証の二)

の二者を包含して、おるのである。

原判決は此二者を併せて二五年二月九日現在の在庫商品と認め、これに回転率を乗じて一ケ年の上告人の売上高と認定し、昭和二十四年度の所得額を判定したのは、重要なる事実を誤認したもので、法律の適用を誤つたものといわねばならぬ。

西成税務署の吏員が上告人の店舗の昭和二三年一一月二〇日現在の在庫品高(小間物一〇万円、化粧品二〇万円、雑貨四〇万円)と見積つているが、原判決の在庫品の認定価格が約倍額に相当するのは(イ)(ロ)を併せ、昭和二五年二月九日の在庫品価格と誤認したものであることを有力に裏書するものである。

原判決が二十四年度分の所得算定の基礎を誤認した以上他の点を論議する迄もなく原判決は当然破毀せらるべきものである。

三、又昭和二十四年度分所得額を認定するに当り、昭和二十四年一月一日現在の在庫品を明らかにせねばならぬ。然るに原判決は昭和二十五年一月一日現在の在庫品を推定して二十四年度分の所得額を判定したのは重要な事実の認定を誤り、自然法律の適用を誤つたものといわねばならぬ。

原判決の基本となつている乙第十四号証の一、二は上告人が其の成立を否認している処であり、原審判決も其の成立が正当のものでないことを認めているにかかわらず其の一部を使用し上告人敗訴の判決を言渡したのは採証の法則を誤つたものである。

四、租税の賦課に対する立証責任については学説の分るる所であるが、所得税法第四四条によれば政府は調査の結果納税者の申告額が過少の時は更正することが出来るとあり、又審査決定には理由を附すべきものである点から見て立証責任は国にあること明らかである。本件更正決定は、

1 取引高税

2 所得税

共に何等の証拠は勿論、根拠なく漫然行われたものである(訴訟になつて色々理由は述べているが更正決定は漫然行つたものである)、しかも此の点に関し適切なる何等の立証はないのであるから昭和二十三年度分だけでなく被上告人の為した、

1 取引高税

2 所得税(昭和二十四年分)

の更正決定は当然取消さるべきものといわねばならぬ。然るに被上告人勝訴の判決をしたのは立証責任に関する法則を誤つたものである。

五、取引高税の更正決定については第一審以来被上告人より何等の主張及び立証がないのに上告人に敗訴の判決を言渡したのは民事訴訟法の審理の法則を誤つたものといわねばならぬ。

以上

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